工事現場における業務上過失致死事件
- 2019年10月30日
- コラム
業務上過失致死事件について、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所堺支部が解説します。
◇事件◇
泉佐野市にある建築会社の現場責任者であったAさん(50歳)は、作業員5人とともに、同市内にある2階建店舗の工事現場で作業をしていました。
Aさんは、2階建店舗の鉄骨組立作業のため、作業員に対し、C型鋼及びブレースの取り付け作業を命じましたが、Aさんは、作業を開始するにあたって、作業員に安全帯を装着するよう指示していませんでした。
そうしたところ、作業員の一人が地上から高さ約8メートルにある梁上でC型鋼を運搬していたところ、足を踏み外し地上に落下してしてしまいました。
転落した作業員は直ちに病院へ搬送されましたが、頭を強く打ちつけたことが主たる原因となって死亡してしまいました。
その後、Aさん及びAさんが所属する建築会社は大阪府泉佐野警察署により、業務上過失致死罪、労働安全衛生法違反の被疑者として事情を聴かれることになりました。
(フィクションです。)
◇はじめに◇
先月、東京地方裁判所で、業務上過失致死傷罪で強制起訴されていた東京電力の元経営陣3人に対し、無罪判決が言い渡されたことが記憶に新しいのではないでしょうか?
今回は、この業務上過失致死罪について解説いたします。
◇業務上過失致死罪◇
業務上過失致死罪は刑法第211条前段に規定されています。
刑法211条
業務上必要な注意義務を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
ここで「業務」とは、人が社会生活を維持する上で、反復継続して行う事務で、かつ、一般に人の生命、身体に対する危険を伴うものをいいます。具体例を挙げると切りがありませんが、
電車の運行・整備事務、各種危険物・食品・医薬品の製造・保管・運搬・販売、医師・看護師の医療行為、児童・生徒に対する保育・監護事務、交通保全施設の管理・運営事務、土木・建築工事の施行・保安事務などがこれに当たります。
「注意義務を怠る」とは「過失」のことをいいます。「過失」とは、「犯罪事実の認識又は認容がないまま、不注意によって一定の作為・不作為を行うこと」、つまり注意義務を怠ることをいいます。なお、この注意義務は、「結果予見可能性を前提にした結果予見義務」と「結果回避可能性を前提とした結果回避義務」とからなると言われています。なぜ、それぞれ可能性を前提としているかというと、法は人に不可能を強いることはできず、よって、不可能なことに対する義務を科すことはできないからです。
この点に関し、東電の事件で、裁判所は、政府の地震調査研究推進本部が公表した「長期評価」については十分な根拠を示しているとはいえず、東電子会社による試算はその長期評価に基づいており、元経営陣らに「(大津波が到来し、結果として原発による被害が拡大することに対する)予見可能性があったと認定することはできない」としています。
他方で、設例については、高さ約8メートルにも及ぶ高所で作業させる際には落下などによって人の死傷が生じることを予測することは容易であり(結果予見可能性を前提にした結果予見義務)、かつ、その危険防止のために作業員に安全帯を装着させることも容易であること(結果回避可能性を前提とした結果回避義務)が認められることから、Aさんには「過失」を認められる可能性が高いといえます。
◇労働安全衛生法違反に問われる可能性も◇
また、労働安全衛生法21条2項には
事業者は、労働者が墜落するおそれのある場所、土砂等が崩壊するおそれのある場所等に係る危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。
と規定されています(事業者とは、事業を行う者で、労働者を使用するものをいいます)。
また、労働安全衛生法規則518条には、
1 事業者は、高さが二メートル以上の箇所(作業床の端、開口部等を除く。)で作業を行なう場合において墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、足場を組み立てる等の方法により作業床を設 けなければならない。
2 事業者は、前項の規定により作業床を設けることが困難なときは、防網を張り、労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。
と規定されています(要求性能墜落制止用器具とは、かつての安全帯のことです。2019年2月1日から施行された改正労働安全衛生法施行令により呼称などが変更されています)。
以上からすると、Aさんは、労働安全衛生法違反にも問われる可能性があります。
罰則は「6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金」で、Aさんが処罰されるときは、Aさんが所属する会社も処罰される可能性があります(50万円以下の罰金)。